文豪ストレイドッグス

イントロダクション

BUNGO STRAY DOGS INTRODUCTION

「君たち探偵社は、国の誇りだ」

ポートマフィアとの共闘のもと《死の家の鼠》が謀る
「共喰い」作戦を制してから、およそ一ヶ月。
武装探偵社は、安全貢献の最高勲章たる
祓魔梓弓章を授かり、国を挙げて讃えられることとなった。

そこへ舞い込む、政府からの緊急要請。
若手議員をはじめとする4件の殺害事件は、六道輪廻の最高位たる
天人が死の間際に表す5つの兆候に見立てられていた。
武装探偵社は、残る1件を未然に防ぐべく立ち上がる。

「一同全力を挙げ、凶賊の企みを阻止せよ」

だがそれは、たしかに捕らえたはずの
狡猾なる〝魔人〟フョードルが仕掛けた罠だった――!!

彼らが掲げる「正義」に疑惑を抱く政府の役人。
牙をむく軍警最強の特殊部隊《猟犬》。
破滅への引導を渡すべく跋扈する《天人五衰》。

栄光から一転、人々から謗られる身となった武装探偵社に
次々と襲い掛かる新たな敵、そして、底なしの絶望……。

散り散りになる仲間たち。

果たして中島敦は、
この未曾有の危機を乗り越えることができるのだろうか?

光なき、戦いの幕が上がる――。

探偵社設立秘話

風が吹きつけるその街には、
凄腕の用心棒として名を馳せる銀髪の一匹狼がいた。
男の名は、福沢諭吉。頑とした信念を眉間に刻み、
今日も彼は独り、朴訥と任に当たる。

だが、とある現場で出会ったのは、
そんな福沢を物ともせず、自由勝手に振る舞う
世間知らずな少年・江戸川乱歩。
言いくるめられるがまま、
身寄りのない彼の面倒を見ることになってしまう。

そして2人が警護していた劇場で起こる、
姿なき「天使」による殺人――。

事件の中、福沢は確信するのだった。
乱歩の持つ、未来をも予見する天才的な推理力を……。

これは〝今〟から十余年前。如何なる悪をも断罪し、ヨコハマの平穏を守る
薄暮の異能力集団「武装探偵社」始まりの物語である。

隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。

いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら詩作に耽った。

下吏となって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。

しかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐うて苦しくなる。李徴は漸く焦躁に駆られて来た。

この頃からその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみ徒らに炯々として、曾て進士に登第した頃の豊頬の美少年の俤は、何処に求めようもない。

数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のために遂に節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。

曾ての同輩は既に遥か高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才李徴の自尊心を如何に傷けたかは、想像に難くない。

彼は怏々として楽しまず、狂悖の性は愈々抑え難くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿った時、遂に発狂した。

或夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。

彼は二度と戻って来なかった。附近の山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰もなかった。

翌年、監察御史、陳郡の袁傪という者、勅命を奉じて嶺南に使し、途に商於の地に宿った。

次の朝未だ暗い中に出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎が出る故、旅人は白昼でなければ、通れない。

今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでしょうと。袁傪は、しかし、供廻りの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥けて、出発した。

残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎が叢の中から躍り出た。

虎は、あわや袁傪に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隠れた。

叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。

その声に袁傪は聞き憶えがあった。驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。

「その声は、我が友、李徴子ではないか?」袁傪は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。

温和な袁傪の性格が、峻峭な李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

叢の中からは、暫く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。

ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

袁傪は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐かしげに久闊を叙した。

そして、何故叢から出て来ないのかと問うた。李徴の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。

どうして、おめおめと故人の前にあさましい姿をさらせようか。

かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭の情を起させるに決っているからだ。

しかし、今、図らずも故人に遇うことを得て、愧赧の念をも忘れる程に懐かしい。

どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭わず、曾て君の友李徴であったこの自分と話を交してくれないだろうか。

後で考えれば不思議だったが、その時、袁傪は、この超自然の怪異を、実に素直に受容れて、少しも怪もうとしなかった。

彼は部下に命じて行列の進行を停め、自分は叢の傍に立って、見えざる声と対談した。

都の噂、旧友の消息、袁傪が現在の地位、それに対する李徴の祝辞。